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暗い…あまりにも暗い。けど、これも人間の本質かも。

暗い映画ばかり観てる僕だけど、
それにしてもこの映画の暗さはハンパない。
おそらくこれまで観た映画のベスト10に入ると思う。

観終わった後の率直な感想は、
えーーーーーーーー!!!!!
これで終わっちゃうの?!?!?!?!

と言う感じ(笑)

これが映画の公式サイト。
http://fuchi-movie.com

「あの男が現れるまで、私たちは家族だった」
というキャッチコピーも、何やら意味深だ。

ある一人の男が現れて、ある家族を壊してしまう、
そんなストーリーだって感じる人もいるでしょう。

確かに、そういう側面もあると思う。
だけど、映画を観終わって振り返ると、
あの男のせいなのか?!と、考え込んでしまう。

あの男が現れなかったとしても、
もしかしたらいつか壊れてしまったんじゃないのか?!
とか、
現れる前から、すでに壊れてたんじゃないのか?!
とか、
あの男は夫と妻が(いや、家族が)抱えていた
「負」の部分を引き出しただけじゃないのか?!
とか、頭がぐるぐると回転させられるわけ。

僕たちはみんな、闇を抱えてる。
一人ひとりの人間の中に、闇は必ずある(と思う、多分)
他人同士、生まれも育ちも価値観も違う者同士が
集まって、共に暮らす最小単位の社会が、家族だ。
多くの人は、家族になる時(家族を形成するとき)に、
自分自身から少し離れて、家族の一員としての
新しい「役」を演じようとするんじゃないかと思う。

お父さん、お母さん、夫、妻など、家族の一員として、
共に生きていくために、自分に「役」を課す。
何事もなければ、その役がいい感じに馴染んで、
家族もそれなりにいい感じで、人生は進んでいく。
何事も起こらなければ…だけど。

例えば、仕事がうまくいかなかったり、
失業してしまったり、あるいは、
介護や遺産相続なんかの問題が起きると、
簡単に家族が崩壊してしまうことだってある。
DV、浮気、お金、酒やギャンブル。
頑張って築いてきた家族が崩壊してしまう理由なんて、
世の中にはいくらでもある。
ホント、あっという間に壊れてしまう。

それくらい、家族という社会は脆い。
いや、家族だけじゃない。
会社のチームも、会社組織全体だって、
もっと大きな単位で言えば、地域や国家だって、
あっという間に壊れてしまう。

だからね。
僕たちは、暗い側面を知らなくちゃならない
って思うんです。
一人ひとり違う人間たちが共に生きることの
「脆さ」や「壊れやすさ」を知らなくちゃならない
って、思うわけです。

相手のこと、よく見てなくちゃだめだなーって。
相手のこと、もっと知らなくちゃダメだなーって、
やっぱりそう思う。
面倒臭いなーって思うかもしれないけど、
そこを引き受けなくちゃ、やっぱり壊れちゃう
かもしれないなーって思うわけです。

この映画は、本当に暗い。
嫌になっちゃうくらい、暗い。
でも、目を背けちゃいけないなって思いました。

さてさて、
この映画の監督は、僕の尊敬する平田オリザの劇団で
演出部に所属している人だ。

この映画のタイトル「淵に立つ」に込めた想いを、
監督はこんな風に語っている↓

(以下、公式ページより引用)
劇作家の平田オリザさんの言葉で、
私自身も演出部に所属している青年団の新人研修で直接、
平田さんから聞いていて印象に残っているのですが、
人間を描くということは、崖の淵に立って暗闇を覗き込むような行為だと。
闇に目をこらすためには少しでも崖の際に立たないといけないけど、
しかし自分自身が闇のなかに落ちてしまっては元も子もない。
表現とは、ヒトの心の闇にできるだけ近づきながら、
しかしギリギリのところで作家自身が踏みとどまる理性を持ちえたときに、
初めて成立するものだと思います。
この映画もまた、観客とともに崖の淵に立ち、
人間の心の奥底の暗闇をじっと凝視するような作品になって欲しいと願い、
『淵に立つ』というオリジナルタイトルになりました。
作品を作るときは明るい作品にするか、
暗い作品にするかはあまり考えませんが、
今回の作品は過去の作品と比べ、
一歩崖の際に足を踏み出したのだと思います。
(以上、引用)

はい、充分暗い作品になってます(笑)

さて、僕自身は、お客様の会社に寄り添いながら、
一緒に「崖の淵」に立てているのだろうか?

やっぱり、まだまだだなーと考えさせられた次第です。
暗いけど、ものすごーく、見る価値のある映画だと思う。

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