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子どもだけじゃない。大人こそ読むべき本だと思う。

僕たちは、人を決めつける。
失敗したり、間違ってると思ったり、
相手の行動や言動に反応して、
相手をダメなやつだって決めつけてしまう。
そういうことって、本当によくある。

でも、僕たちは相手のことを、
どれほど「知っている」のだろうか?

行動や言動の向こう側にある、相手の人生について、
どれほど知っているのだろうか?

僕たちは、知らない。
表面的に見えている情報を、その人そのものだって、
決めつけてしまっていることって、本当に多いと思う。

この本の中に次のような台詞がある。

あんたの人生がかけがえのないように、
この子の人生もまたかけがえがないんだよ。
ひとを愛するということは、
知らない人生を知るということでもあるんだよ。
そう思わないかね
(灰谷健次郎著「太陽の子」より)

社長も上司も、教師も、そして僕も、怒る。
子供にももちろん怒るけれど、社員、部下、
僕の場合だと、勉強会に参加してくれている、
社長や管理職、社員さんたちに怒る。

怒ることは悪いことだとは思わない。
でも、自分が正しくて、あるいは自分はできていて、
相手は間違っている、あるいはできていない、
という考えで怒ることは、大きな間違いだと思うし、
絶対にしてはならないことだと思っている。

でも、僕たちは弱い。
辛い日常を生き抜くためには、自分はできているって、
思えないとやっていけない。

自分で自分のこと、認めてあげないと、
誰も認めてくれないって思っちゃうことってあるよね。
だから時には、誰かを落として自分を上げる、
誰かに「ダメだ」と言うことで、自分の株を上げる、
なんてことをしてしまったりするわけです。

本当に反省しなくちゃならないと思う。
だって、自分が上で、相手は下。
これは、れっきとした「差別」なんだから。
子どもに対してだって当然のことだけど、
社会人に対してだって同じだと思う。

差別を受けて働かされるのは、強制労働だ。
民主主義の国では、あってはならないことだ。
自由と平等。
みんな平等で、誰もが自由に生きられること、
それが民主主義ってもんなんだから。

でも、中々そんなに大人になれない…。
僕たちは無意識のうちに、「差別」してしまう。
独裁者のように振る舞ってしまう。
みんな(僕も)、本当はいい人なのにね(笑)

だから僕は、重い本を読む。暗い小説を読む。
暗い小説って、何だか幼稚な言い方だけど、
人間の醜さとか、だらしなさとか、意地悪さとか、
冷たさとか、わがままさとか…、そんな「負」の部分と、
真正面から向き合っている、そんな小説のことです。

だから暗い。
っていうか、重い。

でも、そんな小説を読むことで、自分の中にある「負」と
向き合わされるっていう「体験」が必要だって思うわけです。

そうでもしないと、自分が偉そうになってしまう。
ただでさえ、歳を重ねるってことで、人生経験も増えて、
色々と教えたり、諭してあげたくなっちゃったりする、
そんな年頃の僕なんかは、特にこういう体験が必要なんです。

社長も管理職も、コーチや教師も、同じだと思う。
重い本、暗い小説、読むべきなんじゃないかなー
って思うわけです。

誰かを差別したり、
誰かが差別されてるって感じていたりする、
そんな世の中は、悲しいから。

そんなんじゃ、自由な発想や面白いアイデアは生まれない。
みんなの仕事、みんなの会社、みんなの社会を、
みんなで楽しい世界にしなくちゃならないって思うから。

この小説、「太陽の子」は、重い。
楽しくて、懐かしくて、あったかくて、笑える。
でも、それ以上に重い。
作者の葛藤が、苦悶の声が聞こえてくるようだ。
灰谷さんはこの本を書きながら、
自分の弱さと向き合い続けていたんじゃないかって思う。
だから重くて、深い。

それでもこの小説は、子どもたちや教師たちから、
今も愛され続けている。
だからこれは、子供の本でも大人の本でもなく、
人間の本なんじゃないかと思う。

初めて読んだのは中学2年生の時だったと思うけど、
今読むと、まったく違っていた。
自分の弱さと向き合い続けるためにも、
この本を何度も読みたいと思った。

太陽の子 (角川文庫)

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