本の森067 火車 宮部みゆき(新潮文庫)

問題は、人にあるのではない。
問題そのものに、問題がある。

ちょっと唐突かもしれないけど、
この本について話をするためには、
「お金」の話が必要不可欠なので、まずはそこから。

お金を貸すためには、相手に対する信用が必要だ。
そしてさらに、何度もお金を貸すためには、
これまでに貸したお金をきちんと返済している、
という実績が必要、だよね。

 

基本的に借金っていうのは、個人的なやりとりでない
限り、相手の資産や返済実績を基に、金融機関が審査
し、安全だと判断した相手であれば、お金を貸し出す。
あるいはそこに資産を持つ保証人がいれば、貸し出す。
これがお金を貸す際の、基本的な判断基準だ。

だから、資産も持たず、保証人も持たない人は、
信用性や安全性が保証できないから、借金することは
できないはず…ですよね。

でも、それができるようになったわけです。
クレジットカードの登場によって。

資産を持たない人は、贅沢な買い物はできない。
これは当たり前のこと。

でももちろん、誰だって綺麗な洋服を着たり、
センスのいい家具に囲まれて暮らしたり、
お洒落でゴージャスなレストランで食事したり、
そんなことを夢見ることはできるし、
そんな風な生活に憧れることは、あると思う。

でもそれは空想、妄想であって、現実には
頑張って稼ぐか、少しずつ貯金をするか、
あるいはお金持ちのスポンサーを獲得するか、
そんな「手続き」が必要だ。

でも、クレジットカードはそんな「手続き」を
簡単に飛び越えることができる。

カードを入れればお金が引き出せる。
カードを提示すれば簡単に買い物ができる。
分割払いで月々の返済額を軽減することだって
できる。もちろん、利子はつくけど。

贅沢な暮らしは、誰でもすぐに手に入れられる。
もちろん、一時的にだけど。

だから、資産を持たないという現実を、
一瞬だけでも超えることは、簡単にできるわけ。

自分ではない自分になること、現実の自分には
考えられない生活をすることだって、できる。
それこそ、一時的な幻想だけどね…。

クレジットカードの登場によって、
簡単にモノを購入できるようになり、百貨店や
専門店は、売り上げを伸ばすことができる。
資産を持たない人たちも、現実を超えられる…。

でも、当たり前だけど、そこには落とし穴がある。

支払いがきつくなった時に、きつくなる前に、
カード生活をやめればいい。
あるいは、カードなんて使わなければいい。

確かに、そうだよね。

でも。。。
支払いが困ると、他のカード会社からお金を借り、
支払いに当てることや、また困ったら今度は
別の会社から借りることだって、できる。
でも、そういうことを続けた先には、借りれなく
なればなるほど、審査のゆるい会社から借りるよう
になる、という悪循環が待ってるわけです。

もちろん、審査のゆるい会社はそれだけ利子が高い。
自転車操業にも、限界がくる。
最後は闇金融から借りる。
取り立て屋に追いかけられる。
社会的な生活が送れなくなる。
こうなるともう、元には戻れない…。

さて、これは自業自得なのか?
自己責任だと言って、一蹴できるのか?

まぁ、僕だって自分の子供が、そんな状況になっ
ちゃったら、多分、「自業自得だよ!」って
言って怒っちゃうんじゃないかな、って思う。

確かにそういう一面もある。
「自業自得」っていう一面も、ある。
でも、カードの使い方やカードの怖さって、
学校では誰も教えてくれない。
お金の使い方だって、教えてくれる親は少ない。

さらに…
カード会社は宣伝のために、カードの便利さや
カードを使用する生活の快適さを、
お洒落でカッコいいタレントを使って宣伝しまくる。

簡単にできますよ!
今日から使えますよ!
誰でも作れて安心ですよ!
買いたいもの、今日から買えますよ!
ってね…。

教育もまともに受けたことがなく、
お金も知識も教養もなく育ち、豊かな生活に憧れ、
都会に出てきた若者が、高い給料をもらえる仕事に就けず、
それでも高い家賃や生活費に追われて、
この現実から逃げたい、現実を変えたいと願うとき、
カードの便利さに魅せられ、ハマってしまうことがある。

その全てを、自業自得として片付けてしまってもいいのか?
それが、この小説のテーマでもある(と思う)。

この小説は、重い(やっぱり)。

でも、この小説に登場する人物、大きくて深い問題を抱え、
犯罪にも手を染めてしまう人たちには、他人事とは思えない
共感や同情を感じずにはいられない。

そこがこの小説の凄さだと思う。

問題は、人にあるのではない。
問題そのものに、問題がある。

もちろん、全てを環境だけのせいにするわけにはいかない。
でも、人をつくるのは、人を育てるのは、環境だと思う。

だからこそ僕たちは、どんな環境を作り、どんな教育の場を
つくるべきなのか、考え続けなければならない。

改めてこんなことを感じさせられる小説だった。

火車 (新潮文庫)

追伸
もちろん、クレジットカードにも審査があって、
ブラックリストに載っている人をはじめ、安全でないと
判断された場合には、審査が通らないこともあります。
ただし、ブラックリストに載っていても、審査が通る
と言われているクレジットカードも多数あることも、
事実なのです。

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